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ご挨拶
日頃より、株式会社 KA 教育の教育活動にご協力を頂き誠にありがとうございます。 この度『第 27 回 3D 教育研究会』を開催することが出来ました。 『新教育課程で求められる資質・能力の育成』と題し、東京大学名誉教授の市川伸一先 生による講演が行われました。開催時のレポートを作成致しましたので是非とも周囲の 先生方へご回覧頂ければ幸いです。
21 世紀を担う生徒達にとって、『3D 教育プログラム』が、少しでもお役に立てればと 願う次第でございます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
令和 3 年 12 月吉日
株式会社 KA 教育
代表取締役 菊地 淳
第 1 部「 講 演 会 」
会長挨拶
3D教育研究会 会長 片倉 敦先生(順天中学校・高等学校 副校長)
皆さまこんにちは。本日は会場を貸していただき、ありがとうございました。ま た市川先生にはお忙しい中、お越しいただきありがとうございました。 本日の講演はいろんな先生方に聞いていただきたいと常々思っていました。今 回、学習指導要領が改定になりました。今回はものすごく大きな改定で、21 世紀 を生きる子どもたちがどういう力をつけないとけないのかということを文部省は 真剣に考えました。文部省だけではなく、全世界、OECD諸国全てがどういうふう にしたらいいか真剣に考えています。全世界が同じ方向を向いている感じがしま す。大きな改定は何かというと、資質・能力ベースになったということです。中学 校は今年から変わりました。学習指導要領が普通なら 1 年生から変わるのですが、
3 年生も評価基準が変わりました。そういう中で先生方が右往左往していて、その前の周知があまりなく、こ ういう研修をする必要があり、意義があると私は考えています。例えば私たちは知識・技能ベースだと経験が あるのですが、思考力・判断力・表現力、この辺まではまだ先生方も許せるよとおっしゃるのですが、次の学 びに向かう力とか人間性の評価はどうやってするのか。その目に見えないパフォーマンス評価をどうやって いくのかということがこれからの学校に求められています。その評価についても周知がありません。中学校も 調査書が、各高校に次の入試には評価がついてくるのです。思考力・判断力・表現力すべてにAがついている のに 4。そういうことがあってこの後の研修がされないと、日本の教育の評価体系そのもの、これからの学習 の向かい方が心配です。今までのコンテンツベースがコンピテンシー・ベースにどうやって変わっていくか。 これから生きるために必要な資質・能力をどうやって身につけていくのか。そのためにはどういう授業が必 要か。市川先生にはそういうことを含めた話をお聞きしたいと思っています。よろしくお願いします。 ご挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました。
講演
「新教育課程で求められる資質・能力の育成」
中央教育審議会教育課程部会委員 東京大学名誉教授 帝京大学中学校・高等学校校長補佐 市川 伸一先生
新教育課程で求められる資質・能力の育成 _授業と評価はどう変わるのか
来年から高校も 3 観点での観点別評価が入ってくるというということで、今年度になってから公立も含め て、評価の話をしてほしいという依頼が非常に多いのです。私も学習評価のワーキンググループの分科会の主 査をやっていたので立場上説明をする責任があると思っています。授業の準備や教材研究に時間を割きたい 中で、高校の先生が評価を律儀に受け止めて、やっているわけにはいかないというのは私も十分承知していま す。評価の専門科の方はきちっと評価を作ろうとします。私は近いところにはいますが評価の専門科ではない ので、これくらいで十分であろうという話を私からはしたいと思います。
自己紹介
私は大学に入ったときは理系で、天文学に進みたいと思っていました。その夢は破れて、天文学には進めま せんでしたが、心理学の道に進みました。文学部の中の実験心理学です。実験心理学は文学部ですが、理系に近 いことをやります。心理学的な実験や調査をやり、それを統計的に解析します。理系から行ったので順応でき たかなと思います。その後、教育に興味を持つようになり、教育心理学と言われる分野に進みました。東京工業 大学で教職課程の教員を務めていたこともありまして、東京工業大学で教育学の講義をしていました。その次 に東京大学の教育心理学のコースで約 25 年務めました。約 2 年半前に定年になり、できれば現場に近いとこ ろで仕事がしたいと思いました。たまたま知り合いが紹介してくれたのが、帝京大学中学校・高等学校でした。 そこで教員研修をやったり、生徒向けの授業も時々やります。校長補佐という役をいただきまして、2 年半経ったところです。
学力の3要素
今回の学習指導要領の改訂の少し遡った話をしたいと思います。そんなに急に出て来たものではありませ ん。2002 〜 2008 年に学力の 3 要素が言われるようになりました。前回の学習指導要領の改訂期に起こった ことです。1990 年代から生きる力ということが言われました。ペーパーテスト学力ではなく生きる力を育 てる、生きる力とは何か?知・徳・体ですが、そのうちの一つが確かな学力。豊かな心、健やかな体。こういっ たものをトータルにバランスよく育てていきましょうというものです。「確かな学力」とは何か?生きる力の 一つの側面です。2003 年の答申でこのように出ています。知識・技能。問題発見、主体的な判断・行動、より よく解決。学習意欲。こういうことが「確かな学力」の中身である。それを基に 2006、2007 年に教育基本法、 学校教育法が改正されます。学校教育法の中で学力の 3 要素にあたるものが、基礎的な知識・技能。思考力・ 判断力・表現力等。主体的に学習に取り組む態度。こういうものを育てていくのが学校教育の役割だと。
なぜ、3 要素か?
1990 年代に日本の教育はゆとり教育にシフトして
いきました。1998 年にゆとりの集大成の指導要領が できました。ところがその直後に学力低下になり、ゆと り教育などと言ってる場合ではない、日本の子どもたち は昔に比べてはるかに勉強しなくなっているし、学習意 欲も学力も落ちています。文科省も最初はそんなことは ないと言っていたのですが、そうではないというエビデ ンスも出て来てなんとかしなければいけない、と学力向 上にシフトしようと言うことになっていきました。大学 や社会でも必要になる能力の基本とは何なのだろうか。どういう力を求めるかというと、このような 3 つが挙 がってきます。まず着実な知識を持っているか。思考力、コミュニケーション力、創造性。学習意欲や学習スキ ル、能動的な参加態度。この 3 つから評価することが多いと思います。学力向上とは言っても、過去の「知識偏 重」や「偏差値教育」に戻すわけではないと文科省は言いたかった。当時のコンセプト(人間力、社会人基礎力、 学士力、キーコンピテンシーなど)とも方向性が合致して行き、この 3 要素ということになりました。
新学習指導要領
1998 年がゆとりの集大成、いろんな議論があり、教育基本法、学校教育法が改正され、2008 年の前回の改 正です。その流れを今回も引き継いでいると思っていただいた方がいいと思います。前回も出て来た、生きる 力。習得・活用・探求。教授と活動のバランス、より強調・拡張するためのキーワードです。学校と社会が連携 しながらカリキュラムに参加するという意味が含まれています。それぞれの教科がどういう資質能力を育て るのかを話し合ってやってほしいと思います。アクティブ・ラーニングが今回の改訂の目玉と言われました が、その意味するところが曖昧なので、アクティブ・ラーニングを主体的・対話的で深い学びに変えました。 カリキュラム・マネジメントですが、各教科ではやっているが、教科横断的に例えばコミュニケーション能力なら、それぞれの教科が自分の教科のどういう単元に活動を入れてコミュニケーション能力を育てていくの か。トータルとして、どういうコミュニケーション能力が育つようにするのか考えているかというと、ないと 思います。小学校の先生なら、一人でいろんな教科を担当しているので可能ですが、中学・高校になると別の 教科の先生が集まって教科横断的に話をすると言っても難しい。PDCAサイクル、計画を立てて実際に実行 して、それが上手くいっているかチェックして、改善のアクションに結びつける。こういうことも教育の中で 考えていってくださいというのも分かるのですが、それを学校全体でやるというのは難しい。そのためにはリ ソースの配分を考えてください。リソースの配分は人、物、金などの配分を考えてください。人というのは学校 の先生だけではありません。地域の方、保護者の方、いろんな方と連携しながら、どこにどういう人を配分する か考えてください。物というのは施設や設備。お金というのは予算です。これらの配分を考えて、うまくそれが 効果的に進んでいるかPDCAサイクルで対処していく。これは相当難しいことを要求していると私は思いま す。高い理想だと思うので、20 〜 30 年かけてやっていくというくらいの趣旨でいいのではないか、今回の改 訂を機会に実現していく入り口に立ったというくらいでもいいのではないかと思います。
質・能力の 3 つの柱
学力の 3 要素をほぼ踏襲しています。生きて働く「知識・技能」の習得。思考力、判断力、表現力等。学びに向 かう力、人間性等。これが今回の指導要領の柱と呼ばれているものです。それを踏まえて評価はどうなるかと いう話になります。学習評価の目的は何かという根本的な議論をしました。評価をフィードバックすることに よって学習改善のための情報を提供するというのが評価の一つの役割である。もう一つは評価することによ って教師自身が自分の授業を改善していく。指導の改善に活かす。この二つが学習評価の目的です。これまで やってきたことの大胆な見直しもありました。小中では 4 観点別評価をやっていました。その 4 観点を簡素化 して 3 観点にしましょう。これを学力の 3 つの柱に対応したものにしたい。今回、小中だけではなく高校でも やってください。高校の先生は場合によっては一人で 200 人見ています。丁寧に評価するのは不可能と、高校 から反対が出ると思っていました。ところがほとんど反対がありませんでした。私は座長としてはほっとしま した。教科ごとの評定については揉めました。ABCの 3 観点で評価がついているのだから、総合的な 1 〜 5 の 評価は研究者側はもういらないのではないか、つけたい学校はつければよいと考えていました。これに学校が 強く反対し、小中高は評定は必要と考えていて、存続しました。そして「主体的に取り組む態度」をどう評価す るのか。評価によってPDCAを回すようにしてください。 Plan…指導計画等の作成。Do…指導計画を踏まえた教育の実施。Check…児童生徒の学習状況、指導計画等 の評価。Action…授業や指導計画等の改善。
観点別評価:知識・技能
評価の 3 観点とどういう風に対応していくのか表し ています。知識・技能は知識・技能と対応しています。 思考力・判断力・表現力等は思考・判断・表現と対応 しています。学びに向かう力、人間性というのは感性、思 いやりはABCで評価するのは馴染まないので、個人内 評価で記述による評価にすればよいでしょう。学びに向かう力の評価は学習に取り組む態度として評価してい きましょうと言うことになりました。評価の対象は基本 的知識・技能がどれだけ身についているかということ です。それは「理解」を伴った知識・技能ということを大 事にしてください。基本的な問題解決、教科書レベルの 問題をしっかり解けるようになってほしいです。
観点別評価:思考・判断・表現
評価の対象を与えられた知識を活用した、より高度な 知識活動を求めたい。応用・発展的な解決と表現。問題解決方略と基礎知識を使った問題解決と回答記述。例 えば数学でしたら、回答のプロセスを記述するようになりますし、普段の授業や討論でもそれをきちっと表現 出来るようになってほしい。自ら課題を設定し、創造的に解決することを含む。問題を自ら発見したり、設定し たりする。分析して、考察を行って、探求する。それを報告したり、発表したりします。こういうことをやってく ださい。高度な要求ですが、これからはそういう力を育てていってほしいのです。
観点別評価:主体的に学習に取り組む態度
どういうことを求めているかというと、自らの学習に積極的に取り組み改善しようとする意思・行動です。 生徒もテストや授業でPDCA的なことで回しています。それが上手くいっている生徒とあまり上手くいって いない生徒がいます。その学習のプロセスを改善していかないと学力もついていきません。二つの側面から見 ていきましょう。一つは粘り強い取り組みを行おうとする側面。知識・技能や思考・判断・表現に向かう粘り 強い努力。例えば、授業では積極的に先生の話を聞いたりノートを取ったり質問したり討論に参加したりとい う積極的な態度で授業を受けています。家庭学習も含め、自分で計画を立てて自主的に勉強を進めているか。 量的な努力と考えていただくと分かりやすいと思います。ただ、量だけではない。学習プロセス改善上の工夫 をどのくらいしているかということです。自分の学習能力をどのくらい自己診断できているかをメタ認知と 言います。学習が苦手な子はそれがもやもやしています。私の研究室で地域の子どもたちの学習相談を 30 年 ほどやっていますが、小学 3 年くらいから高校 3 年くらいまでの生徒が夏休みに研究室にやってきます。一人 一人面談をして、家庭教師のように内容を教えます。東工大に来た時から始めた活動です。学力の低い子はメ タ認知がよくない。どこが分からないのかが自分で分かっていない。分かっているのか分かっていないのか も、分かっていない。どうしたらいいのか。これは学習方略というものです。どんなやり方でやっていったら出 来るようになるだろうか。そのレパートリーがあまりない。それだとやっても出来るようになりません。いろ んな方法を知った上で自分の学習をコントロールしていく工夫も見てください。学習計画やワークシートを 提出してもらったり、テスト返しレポートも効果があります。テストを返された後にレポートを書きます。人 によって差があります。ただ正解を書いてくる人。自分はどういうところをなぜ間違えたのか、自分がしやす いミス、勘違い、問題のポイントに気づかなかったなど分析する人。そういうことまで書いてくると次の学習 にも活きてきます。学習のプロセスを見ていく。評価だけではなく、何らかの指導を入れてください。それが自 らの学習を調整しようとする側面の観点になります。
学習の自己調整(Self-Regulation)
平たく言えば「学習のPDCAを自分で回すこと」です。 目標設定、見通し、計画、遂行、振り返り、内省です。能動 的に自らの認知・感情・行動を制御して目標を達成する。 学校ではそういう力を育ててほしいです。欧米でもこの ような研究はありまして、予見、遂行コントロール、自己 省察の3つ。PDCAの前にPlan・Do・Seeというのが ありまして、それをとってきたようなものです。メタ認 知というのは非常に重視します。モニタリングというの は、学習状況を自分で点検、評価するというものです。そ れからコントロールです。学習目標・学習方略の変更・修正をして改善を図る。こういうことが学習の自己調 整です。 「主体的に学習に取り組む態度」の評価のイメージです。縦が自らの学習を調整しようとする側面。横が粘り 強い取り組みを行おうとする側面。「十分満足出来る」状況だとA、「おおむね満足出来る」状況だとB、「努力 を要する」状況だとCです。
教員研修と学習評価計画の例
今、私の学校でやっていることをお話ししたいと思
います。今年の 3 月にやりました。学習評価に関する教
員研修。学力の 3 要素、新学習指導要領、観点別評価の導 入。どういう動きがあるのか説明いたしました。どんな
評価をするのか、個人メモを 10 分ぐらい考えて作成し てもらって、教科ごとにそれを見せ合ってグループ討論 してください。教科ごとに発表してください。個人メモ はこういうものです。まず知識・技能や思考・判断・表現、 主体的に学習に取り組む態度が左にあります。その観点 ではどういうことを重視したいのか、重視する項目を挙げています。その右にはそれをどんな材料を使って評 価するか。小テストやパフォーマンス、スピーチをするなど。主体的に学習に取り組む態度ならテスト返しレ ポートなど。各観点にどういうウエイトをつけて評定を出すか。それは人によって違いますが、足して 10 にな るようにまず個人で作った上で、グループ討論して全体発表するのですが、個人メモを他の先生の意見も聞い て修正して、評価計画を完成した形にして教科主任に提出してください。教科主任は各教科ごとにまとめを作 るようお願いしました。まとめに従ってもらうのではなく、各先生を尊重しますが、他の先生を参考にしてく ださい。これは共有して見られるようになっています。今年は中学は始まりました。高校は来年の 4 月以降に 始まりますが、それに向けて準備をしてください。生徒に対してですが、私は大学院生と一緒に行って、いろん な中学・高校に学習法講座をやっています。噛み砕いて心理学の話をしながら、自分の学習改善を考える講座 です。先日も高校生に「人間の情報処理と記憶」の話をしました。記憶の話はリクエストが多いです。記憶につ いての悩みを持っている高校生は多いと思います。記憶が得意な高校生はいないと思います。聞いてみると単純反復して、やったという自信になっている。私はかわ いそうだなと思いました。私は認知心理学という人間の 情報処理を研究する分野に基づいた教育心理学の話を して、これはあくまでヒントですという話をします。や るかやらないかは君たち次第です。良さそうだと思った ら自分に取り入れて、自分の学習方法を確立させてほし いと話しました。感想を書いてもらうと、この話が響く 生徒と響かない生徒もいます。テストの後に何をするか で学力がかなり変わってくる。試合の後に勝ち負けで一 喜一憂しているのと、なぜ負けたのか分析して普段の練習に活かすのをやるかやらないかで違ってくるのと 同じだというと、分かってくれる生徒もいます。生徒にこういった話をしながら、先生方にも各教科の中で学習方法に関する話を是非入れてくださいと申し上げています。
自己調整の基礎にある「学習観」
学習のしくみや方法についての考え方。これは生徒一 人一人も持っているはずです。人生観、世界観というよ うに、学習とはどんなものだ、だからどんなやり方でや るとうまくいくという考えを持っているはずです。自分 の学習観を見つめ直してみましょう。練習量に比例して 学力がつくと思っている生徒もいれば、同じ時間でもど ういう攻略でやるか考えたい生徒もいます。丸暗記する のが勉強だと思っている生徒もいれば、なぜそのやり方 で答えが出るのか理解を重視する生徒もいます。結果重 視と過程重視ですが、テストが返ってくると点数ばかり気にして合ってるか間違っているかばかりを気にす る生徒もいれば、どこを間違えたのか、なぜできなかったのかプロセスが大事という生徒もいます。高校生に なればいい点を取ることもあれば悪い点を取ることもあります。必ず失敗があるのですが、それに自信を無く してやる気を無くしてしまいます。失敗をしたくないのか、失敗は成功の基なので、なぜ失敗したか考えて普 段の学習に活かせば次はできるようになるという姿勢をもっているか。小学校の低中学年では上記のような 反復練習重視の考え方でなんとか対応出来ています。高学年になると量が増えてくるとそれでは頭に入らな くなってきます。例えば漢字ならへんとつくりがあるという知識があると、丸暗記するよりはずっと覚えやす くなるし、応用も利きます。反復は大事ですが、それだけではなく工夫をいれる。教科ごとにどんな工夫がある か、講座の中で話していきます。
指導と評価の一体化
指導と評価が一体となったサイクルにしましょうとういことです。指導はするけど評価はしない、これはま ずいのです。評価されないならやらないということになってしまいます。逆に評価することを指導しない、学 習態度など評価するが、どうやったら改善されるのか指導しないのはまずい。目標にそって指導し、指導した
ことを評価する。指導内容と評価内容の齟齬がないようにしましょう。形成的評価という言葉も今回よく使わ れていますが、評価というと指導の最後に一括して成績をつけるだけ。学習プロセスにおいて評価し、指導を 調整していきましょう。途中でつまづきを克服して、高い習得に至るようにしましょう。途中に評価をこまめ にして、最終的に高いパフォーマンスにする。途中にする評価を形成的評価と言います。最後に一括してする 評価を総括的評価と言います。このことを今回の指導と評価ということで留意して下さい。
具体的にどのような授業をするのか
習得と探求を分けてメリハリをつけることは大事です。こういうことを知識・技能として身につけてほし い。普段は習得の授業が多いと思います。そこでもアクティブ・ラーニング的なことは起こり得ます。生徒自 身による説明活動、学び合い、教え合い、協働的問題解決。「教えて考えさせる授業」の理解確認や理解深化も 習得の授業の中に入れています。探求的な授業では生徒自身による課題の発見・設定、計画、実施、協同的な探 求活動、表現活動もそこに入っています。習得と違うのは、生徒自身が課題を設定しているということです。 習得は習得目標というのがあり、先生側が授業でこういう力や知識をつけてほしいということで課題は先生 が決めます。探求的な授業では生徒自身が自分の興味関心に基づいて課題を決めます。これは総合的学習の 時間で行われました。ThinkQuestは中高生が自分が興味を持った課題をホームページにまとめる世界的コ ンテストです。英語版で、入選したものは世界中で子どもたちの教材として使われます。Researcher-Like Activityは私がつけた名前です。研究者のように自分で課題を設定します。後で紹介するのは数学ですが、自分 で課題を設定し、問題を作って、回答も作り、ポスターにして学会のポスター会場に貼って発表。参加者とディ スカッションするという授業です。
教えて考えさせる授業」とは
日本の教育というのは一方では詰め込み教え込みと
言われている授業があります。一方では 1990 年代から 教えずに考えさせる授業というのが出てきて、教師が教 えるのではなく子どもに気づかせる、発見させる。課題 を与えたら子どもたちにみんなで考えていきましょう、 という訳です。私はこれはまずいなと思いました。それ をすると学力がある子にとっても、ない子にとっても破 綻していったと思います。先生は子どもに思考力、表現 力をつけるとよかれと思ってやって、ついていけない子 が出てきます。そういう子は学習相談に来ます。先生が教えてくれないから分からないんです、と言うんです。 何を言ってるのだろうと思いました。問題を与えたら後は教えてくれない、授業で何をやったかつかめないま ま、授業に出るたびに分からないことが溜っていくと言います。基礎的なことは学力が低い子を念頭に置いて 分かりやすく丁寧に教えましょう。そこである程度基礎知識を共有した上で、塾に行っている子にとってもや りがいのある課題を用意して深い習得を促す。そこにアクティブ・ラーニングを入れるということです。一人 では難しいけれども相談し合って考えていく。 高校物理の落体運動。空気のある中では重いもの程速く落ちる。真空なら重い物も軽い物も同じ速度で落ち
る。理解深化課題としては空気中ではどうだろう。ピン ポン玉の一つは中空、一つは中に金属を詰めたもの。こ の二つを一緒に落としたらどうだろう。空気中だから空 気抵抗があるだろう。空気抵抗は速さに比例する。理系
の高校 2 年の生徒でしたが意見が割れます。中に金属を 詰めたものが若干速く落ちました。重い物が速く落ちる が、重い玉と軽い玉が時間とともに速さがどう変化して いくのだろうか。これをグループでグラフを作っていき ましょう。物理ではこれをVTグラフと言います。縦軸V 速さ、横軸T落とし始めてからの時間、このグラフを書い
てみましょう。4 人ずつくらいのグループで相談しながらグラフを作っていました。 もう一つお見せしますが、社会科の授業で埼玉県の先
生なのですが中 1 です。どんな様子か見てください。こ れは藤原氏摂関政治のところです。先生は始めにきちっ と教えるというところがポイントです。アクティブ・ラ ーニングだからと言って、いきなり議論させたり共同学 習するのではなく、教えるべきことは教えた上で教わっ たことが説明出来るくらい分かっているか、これが理解 確認です。その次に理解深化という課題です。ここでグ ループになって調べて考えをまとめる。歴史上の人物に なったつもりで、時代の様子やその時の気持ちを伝えるストーリーテリングという活動を最後に入れていま す。これのグループで練習して、最後に発表します。教えることと活動することを組み合わせた授業が教えて 考えさせる授業の典型だと思います。子どもたちの声が出ている授業は珍しいと思います。コンパクトな教師 の説明でも浸透します。理解しているかどうか、自分の言葉で表現出来るよう求めます。さらに深く考えるよ うな課題を出します。アクティブ・ラーニングを入れていき、全員が参加出来るような授業を目指すというこ とです。
考えさせる授業をOKJと言いますが、OKJの理念と して深い理解、メタ認知、Input-Output、バランスを目 指す。そのために 4 段階の授業構成をしています。OKJ に付随している方法というのは予習を入れることもあ ります。教科書は予習でも復習でも活用する。各授業者 が付け加えている方法はその通りやる必要はありませ ん。それぞれ工夫して入れて下さい。 最後に探求の話をします。問題づくりとポスターセッ ション。ひとりひとり解いている課題は自分で設定した ものです。
(探求学習の例の紹介がありました。)
図書・文献紹介
『開かれた学びへの出発(』市川伸一著 金子書房 1998) 」
『学ぶ意欲とスキルを育てる』(市川伸一著 小学館 2004)
『「教えて考えさせる授業」を創る』(市川伸一著 図書文化 2008)
『教えて考えさせる授業 中学校』(市川伸一著 図書文化 2012)
『教えて考えさせる算数・数学』(市川伸一著 図書文化 2015)
『授業からの学校改革(』市川伸一著 図書文化 2017)
『速解 新指導要録と「資質・能力」を育む評価』(市川伸一編 ぎょうせい 2019)
『教職研修』(教育開発研究所 2020.6月号特集:新学習指導要領下の学習評価・テストはどうあるべきか)
『「教えて考えさせる授業」を創る アドバンス編』(図書文化 2020)
紹介リソース ビデオ等
『学力と学習支援の心理学』放送大学アーカイブス(全15回) 第6回:全体的解説・算数、第9回:理科、第10回:社会、第11回:英語、第12回:事後検討会(三面騒議法)
『教育政策と学校の組織的対応』放送大学教員免許更新講習 第2回:新学習指導要領と教育課程実施状況(市川) 授業ビデオの貸し出し(公的教育機関のみ 2ヶ月間) 1.かけ算九九の問題づくり(小2算数) 2.4桁のひっ算(小3算数) 3.円の面積(小6算数) 4.方程式とグラフ(中2数学) 5.因数分解の応用(中3数学) 6.大造じいさんとガン(小5国語) 7.藤原氏の摂関政治(中1社会) 8.物体の自由落下(高2物理) 9.合唱(小5音楽)
10.When is your birthday?(小6英語)
質疑応答
Q
評定をつけないことを論議され、それを反対したのが現場だったということですが、私が思うに現場の先生というのは最初に評定を考えて、それから観点を考えるのかなと思います。観点を先につけてから 評定をつけるという周知はされているのでしょうか?
A
私たちにしてみれば、先に評定をつけてから観点をつけるというのは想定外でした。観点をつけて評定 して総合点をつける、というのを想定していました。趣旨から言うと、まず細かく観点を見るのが優先だ ということです。それは生徒にもフィードバックしてほしいです。
Q
私もそう思っていて本校で先生方に言ったのですが、観点を先につけるなんてできないと言う話にな りました。各教科から観点のどこを見ていくかということを出していく必要があると思います。私は それを前もって生徒に出さなければいけないと言ったんです。評価の基準をどこまでできたらAなの かどこまでできたらBなのかというのをルーブリック化しないといけないのかなと思います。どの辺 まで周知して、どの辺までやるのかお聞きしたいです。
A
まず何に基づいて評価をするのか。評価の材料を評価される側の生徒にも最初からちゃんと伝えるのは 大事なことだと思います。生徒にしてみると何で評価されているの分わからない、という状況はまずい です。評価の基準を生徒に伝えてほしい。「規準」はどういう次元で評価するのか。「基準」は段階を分け るレベル分けです。基準を全国的に統一すべきだというご意見もありましたが、止めました。レベルが高 い学校は全員がA、レベルが低い学校は全員がCになって評価の意味がありません。評価は日々の学習改 善に活かすものであれば、それは学校の中で考えていただけばいいのです。
Q
本校は高校生も始めています。評価が大幅に上がってしまいました。観点から評定をつけると上がって しまい、評定平均が高めに出てしまいました。今までの既存の評価を新しい観点別評価につけると変 わってしまうのか、変わっていいのか、元に戻さなければいけないのか、お聞きしたいです。
A
もともと学校によって評価の基準は違うので、それぞれの学校でどういう評価の基準にすれば生徒に頑 張りがいがあるか考えてもらえばいいと思います。1、2 学期は観点別だけを出して、学年末には 1 〜 5 の評定を出すというのを普通にやっているので、観点別が先だということが前提になっています。観点 別が基本で、そこに何らかのウエイトをつけて学年最後に評定をつけるというのを想定しています。結 果的にこれまでと比べて高めになったり低めになったりすることはあると思います。
Q
私は教師ではなく、一般企業からの参加です。教員研修の学習評価計画の例のところであったのですが、 教科主任のまとめと全教員の評価計画を共有というところで、教科ごとのまとめを教科主任が作成、互 いに参考にするが統一しないというのは、固定概念的に囚われないとか、自由な発想を促すためにそう するということなのですか?会社の方針はシンプルに全部の評定を統一の見解でまとめていって、評定 を決めるというやり方だったので、これから入ってくる新入社員や若手を育てるのに逆行すると思いま す。そこのところの真意を聞かせてください。
A
教科ごとに一本化してくださいと言うと抵抗が出ると思いました。まだ 0 の状態から始めているので、今 は統一しないということです。
Q
観点の中で主体的に学習に取り組む態度というものをどう評価したらいいのか見当がつきません。「知 識・技能」や「思考・判断・表現」に関しての評価はこういったかたちで評価出来るのではないかとか、 試験において設問ごとに問える観点はこうだと設定することによってそこは問えるのか、という風にも 思うんです。やってる例があれば教えていただきたいのですが。
A
個別学習相談をやっていて、一人一人に学習の分からないところを教える中で学習法も折り込んでいき ます。この子は自らの学習を調整しようとする側面が弱いなど、気づきます。このままではなかなかでき るようにならないだろう。授業に対してメモを残している生徒もいれば何も書いていない生徒もいる。 頭に入っていてノートを取っていないのであればいいのですが、そうでなければ主体的に学習に取り組 んでいるようには見えません。テスト返しレポートでもただマルバツつけて正解を書く生徒もいれば、 間違って悔しいと書き込む生徒もいます。それは
工夫や努力の表れです。それを評価する。普段の授 業でも今日は○○くん、熱心だったとか、分からな いけれどたくさん質問をしてきたなど。それをメ モして、学期末に見返してプラス評価をします。そ れを積み重ねていって、主体的に学習に取り組ん でいるかの評価にしています。
授業をやっている中でひとりひとりにそういう評 価をつけるのは確かに大変です。普通はBなのです から、とりわけよければA。とりわけちょっとまずいなというのはC。くらいに考えればそれぞれにつ けることができるのではないでしょうか。
Q
知識・技能がAで学びに向かう力がCという生徒 がいます。それはCをつけていいのか、中学で混乱 しているのはそこではないかと思います。私なん かは、Bくらいでいいのではないかと思います。
A
連携させながら見てくださいと言います。ノート
を取らない生徒がいて、その子が成績がいいとす
ると、ノートを取らなくても頭に入っているか、 知っていたか。それはノートを取らなくてもいいけれど、同じノートを取らないでも知識・知能もCだと まずい行動です。ひとつの行動を見るのではなく、関連させてその子の学習行動を評価すればいいのです。
Q
学力の 3 要素の編成が複雑化していて、細分化して、現場の教員からすると見るべきところが増えて大変 になっているように感じています。市川先生のご意見、今後の展望をどうお考えなのかお聞きしたいの ですが。
A
知識・知能をとってみても、込められている意味が複雑化しているような気がします。活きて働く知識と 違うのではないでしょうか。知識は持っていることを評価するのではなくて、知識がベースにあるから できているという側面を大事にしましょう。どれだけ理解しているか、持っている知識を説明できるか。 学校の先生は授業で台本も見ずに説明しています。これは分かっている人の姿です。社会に出たら説明 できるかを求められます。クイズや面接では例えば、参勤交代制です、という正解が求められるかもしれ ないが、社会に出たら、参勤交代制とはどういうものか、なぜそういう仕組みが出来たのか、その結果ど ういうことが起こったのかということを説明することが求められます。何を何というか、ではなく何々 はどういうことなのかを説明するのが大事になります。学校で大事なことを丁寧に見ていこうと時代が 変わってきたので、そういうこともやっていこうという動きだと私は思っています。
Q
我々の思うメタ認知をもって生徒に学習に取り組んでほしいのですが、どういう風に方向付けをしてそ ういう感覚を持たせればいいのでしょうか。
A
生徒がどの教科にウエイトを置くのかは生徒自身が判断せざるを得ないことです。生徒自身が客観的に 自分を見てレベルが低いと知らないとメタ認知が育ちません。それを気づかせる仕組みを入れた方がい いです。他の生徒の様子を見て自分ももっと頑張ろうとか。先生が自分はA評価だと思ったけどB評価し かくれなかった、なぜBか聞いてくることはいいことで、説明してAの生徒のものを見せたら自分のと全 然違う。こういうことを書いていれば評価すると言うと、納得して次からはそういうことを頑張ろうと
思います。そういうやりとりが大事です。評価をつけっぱなしにしないでなぜそうなのかという説明を して、本人に納得してもらって良くなる手だてが本人にも見えてくるようにそれが指導と評価の観点で す。
最後にですが、ここに書いたことと小中に出している広報誌で述べていることと、文科省の国立教育研 究所が述べていることが若干違うことがあります。授業をいかにまじめに受けるか、授業だけで考えて いるところがあります。私の方は予習、授業、復習のサイクル全体の中で自分の学習を組み立てていく、 これは学習の自己調整だという言い方をします。どちらがいいかは学校の先生が最終的に決めてくださ ればいいと思います。