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ご挨拶
日頃より、株式会社 KA 教育の教育活動にご協力を頂き誠にありがとうございます。この度『第 29 回 3D 教育研究会』を開催することが出来ました。『情報活用能力』とはどのような資質・能力なのか 改訂『学習指導要領』における情報の活用 と題し、文部科学省 大臣官房審議官(初等中等教育局担当)安彦 広斉先生による講演が行われました。開催時のレポートを作成致しましたので是非とも周囲の 先生方へご回覧頂ければ幸いです。
21 世紀を担う生徒達にとって、『3D 教育プログラム』が、少しでもお役に立てればと 願う次第でございます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
2024年 3 月吉日
株式会社KA教育
代表取締役 菊地 淳
第1部「講演会」
会長挨拶
3D教育研究会 会長 片倉 敦先生(順天中学校・高等学校 副校長)
皆様こんにちは。本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。入試も終わり、少し落ち着いたかと思いますが、これから新年度の準備が始まる忙しい時期に、このように足を運んでいただき感謝申し上げます。今回の内容が皆様にとって有意義なものであると信じております。
今回の講演をお願いした安彦広斉先生は、こちらの資料にもございますが、大臣官房審議官として活躍されており、非常にお忙しい立場にいらっしゃいます。それにもかかわらず、全国の小・中学校を積極的に訪問され、現場の声に耳を傾けてくださる、とてもフットワークの軽い方です。通常、役職の高い方はどうしても上から目線になりがちですが、安彦先生は対等な立場で意見を交換してくださる、非常に誠実な方です。
本校でもグローバルウィークという行事において、生徒たちの前で講演をしていただきました。その際、生徒たちの質問にも真摯に対応していただき、大変好感を持てる先生です。皆様も何かご質問があれば、ぜひお尋ねください。
先生は、GIGAスクール構想(Global and Innovation Gateway for All)の立案者でもあります。この構想により、全国の小・中学校に迅速にPCが導入されました。2022年のPISA調査で、日本の読解力が大きく向上したことが報告されていますが、その理由についてはまだ十分な検証が進んでいないとのことです。ただ、今回の読解力向上はデジタル読解力であり、GIGAスクール構想によるPCの導入がその要因の一つではないかと考えられています。これをさらに探求することが、私たちの役割でもあると感じています。
安彦先生は現場に近く、タイムリーな教育行政を推進しておられる方です。皆様のご意見が教育行政に反映される可能性もありますので、ぜひこの機会を活用していただき、文部科学省にお伝えできるような場にしていただければと思います。それでは、安彦先生、どうぞよろしくお願いいたします。
講演
『情報活用能力』とはどのような資質・能力なのか
改訂『学習指導要領』における情報の活用
文部科学省 大臣官房審議官(初等中等教育局担当) 安彦 広斉 先生
皆さんこんにちは。ご紹介いただきました文部科学省の安彦広斉と申します。本日は、さまざまな資料を用意させていただきました。スライドにも追加資料がありますので、ぜひご覧ください。
まずは自己紹介からですが、先ほど「変わった視点から」と紹介されました通り、私は山形県の鮭川村という非常に奥地で生まれ育ちました。同級生は5人しかおらず、その中で2つの学年を同時に教える複式学級でした。このような環境で育ったため、あまり社会性が身につかないまま大人になり、人前で話すのは得意ではありません。
また、大臣官房審議官を務めていますが、私の周りには有名大学を卒業したキャリア組が多く、高卒で公務員になった私は異色の存在です。そのため、学校現場を下から見守るような立場で仕事をしてきました。結果として、現場に寄り添わざるを得ないような視点が役に立っているのかもしれません。
私のキャリアには、情報関係の仕事と教員養成に関する仕事が中心にあります。資料の赤い文字はICTに関連する仕事、青い文字は教員養成に関する仕事を示しています。これらの経験を活かしながら、現場を支える仕事を続けてきました。
ここ最近、GIGAスクール構想に至るまで、さまざまな情報関連の仕事に携わってきました。システムエンジニアのような業務をこなしたり、財務省に対して細かく情報を説明するなどの経験を積んできました。そして最終的に、これらの経験がGIGAスクール構想へと繋がりました。これらの経験を踏まえ、皆さんと一緒に情報活用能力とは何かを考えていければと思っています。よろしくお願いいたします。
GIGAスクールなど教育のデジタル化の背景
まず、GIGAスクール構想がスタートしましたが、その背景には学習指導要領の改定も含まれています。これを考える上で重要な社会の変化について少し触れたいと思います。まず「ソサイエティ5.0」ですが、この言葉を作った方に話を聞いてみても、具体的な説明があまり明確でないことがあります。内閣府が作成した資料はありますが、私がよく使うのは経団連の「Society 5.0」という説明です。これは非常に分かりやすく、デジタルイノベーションと多様な人々 の創造力を掛け合わせることで、課題を解決し、価値を創造する社会を目指すというものです。能動的に社会を作り上げていくという意味合いが含まれています。
次に、人口に関するデータをご覧いただきたいのですが、昨年11月に世界の人口が80億人を超え、2080年には104億人に達すると予測されています。一方、日本の人口はすでにピークを過ぎており、2023年から2024年にかけて急速に減少し始めています。この「ジェットコースター」が日本の悲鳴となってしまわないように、教育を通じて何をすべきかが重要です。2056年には日本の人口が1億人を割り、高齢化率が38%近くになると予測されています。このような人口動態の変化が、教育を考える上で非常に重要な要素となっています。
さらに、生産年齢人口も減少しており、特に小さな町や村では地域経済が縮小し、消滅の危機に直面しています。経済産業省の資料によると、変革を行わなければ日本経済は衰退していくと言われており、この転換期にどのように対応するかが大きな課題です。日本は今、未来を選択する時期にあり、教育も同様に大きな転換期を迎えています。
また、データ量は2年ごとに倍増すると言われており、今後もこの傾向は続くでしょう。AIのディープラーニング技術が非連続的に発展する中で、日本の強みであるものづくりを活かし、職人技をデータ化することで巻き返しを図ることが可能だと考えています。
AIについて言えば、カンブリア期に生物が急激に進化した背景には「目の誕生」があると言われています。同様に、ディープラーニングはAIの核心となる技術であり、これが今後さらなる技術革新を引き起こすでしょう。このような変化に対して、地方を変革するためには教育が非常に重要な役割を果たすと感じています。
日本の1人当たり労働生産性が低いため、経済成長がなかなか進まないと言われていますが、これから情報技術をどのように活用していくかが非常に重要なポイントになると考えています。また、世界競争力ランキングにおいても、かつては技術力で日本がトップでしたが、2022年には34位にまで下がってしまいました。このように、日本の競争力は相対的に低下しています。
一方で、テクノロジーはますます進化しており、AIが人間を超えるとされる「シンギュラリティ」が2045年頃に訪れると言われています。このシンギュラリティについては、さまざまな見方がありますが、私はAIが人間を置き去りにするのではなく、人間とAIが協力して、人間だけでは達成できなかった領域に到達することを目指すべきだと考えています。例えば、将棋界の藤井聡太さんのように、AIと共に成長し、これまで人間が到達できなかった強さに到達している姿は、シンギュラリティの一つのイメージに近いのではないかと思います。
さらに、ChatGPTをはじめとする生成AIの進展により、シンギュラリティの到来は予想以上に早まる可能性があります。すでにその兆しが見え始めており、これを使いこなすのも人間、逆に使われてしまうのも人間です。この点において、非常に注目すべき時代が到来していると感じています。これからもテクノロジーの進化は続いていくでしょう。
平成の最初と終わりを比べた時価総額ランキングを見ても、日本企業でトップ50に入っているのはトヨタだけであり、最近ではそのトヨタもランクから外れた時期がありました。現在、トップの企業はIT企業が多く、そのほとんどがITを駆使して成長している企業です。
ここで話題は少し飛びますが、日本の食料自給率はカロリーベースで約4割とされていますが、実際には自給できていない状態です。もし輸入が止まってしまったら、大変な事態になるでしょう。このため、食料自給率だけでなく、食料自給力も重要です。例えば、芋くらいは食べられるかもしれませんが、それしか食べられない生活になる可能性も懸念されます。こうした食料安全保障の観点でも、テクノロジーの活用が重要であり、スマート農業が注目されています。これが日本の将来を左右する鍵となるかもしれません。これは日本だけの問題ではなく、世界的な課題でもあり、その解決に日本が中心的な役割を果たすことが期待されます。
こうした背景から、農林水産省や経済産業省が、農業や商業、工業に関する専門高校へのアプローチを強化しています。教育が日本だけでなく世界を左右する重要な要素になる可能性が高いと考えられます。
日本の教育の強み
日本の教育の強みとして、2018年のPISA調査では日本が世界トップクラスに位置しており、2022年の調査でも OECD加盟国の中で非常に高い成績を収めています。特に読解力が大きく向上しており、これは非常に喜ばしいことです。また、TIMSSの数学・理科の調査でも、日本は上位に位置していますが、小学校の理科ではロシアに追い抜かれました。ロシアは長年、理数教育に力を入れており、その成果が実を結んだと言えます。教育はすぐに結果が出るものではありませんが、投資を続ければ必ず成果が現れる分野です。
一方、日本の小学校の理科教育に関しては、子供たちが「楽しい」と感じている点が強みです。しかし、中学校になるとその楽しさが減少しているという問題があります。これには入試や教え方、教科書など、さまざまな要因が考えられますが、小学校の段階で子供たちが理科を楽しんでいることは非常に大きな強みです。英語教育でも同様に、小学校では楽しいと感じる子供が多い一方、中学校になるとその楽しさが減ってしまう傾向があります。これらの問題については、今後しっかりと考えていかなければならないでしょう。
さらに、日本の子供たちは、他者と協働して問題を解決する能力も非常に高く、OECD加盟国を含めてもシンガポールに次いで高い評価を受けています。これは日本の教育の大きな強みだと考えています。
こちらは、アジア各国がお互いをどう見ているかの調査結果です。日本に対しては、アジアの国々の8割以上の人々が「好ましい国」と思ってくれているという結果が出ています。近隣諸国においては、政治的な影響もあり評価が低い部分もありますが、実際に子供たち同士の交流を間近で見ると、数字以上にお互い楽しそうに会話を交わしている姿が見られ、あまり過度に心配する必要はないのではないかと思います。いずれにしても、アジアからこれだけ好かれているというのは、日本の強みです。
日本の教育で気がかりな点
しかし、日本の教育には課題もあります。例えば、高校生の自己肯定感に関する国際比較調査では「自分はダメな人間だと思うことがある」と答えた日本の高校生が72.5%に達しています。これは非常に高い割合です。私自身 も時折、日本酒を飲み過ぎた翌朝に「自分はダメな人間だ」と思うことがありますが、当然ながら高校生は飲酒していないはずなので、別の要因があるはずです。また、「私は人並みの能力がある」と感じている高校生の割合は55%です。これだけ国際的な学力調査で好成績を収めているにもかかわらず、自分の能力に自信が持てない高校生が多いというのは、教育の課題だと言えるでしょう。このデータは中央教育審議会でも紹介され、改善が必要だという声が上がっています。
さらに、日本財団の調査によると、「自分は大人だと思う」割合や「自分で国や社会を変えられる」と思う割合が他国に比べて低いという結果も出ています。また、内閣府の調査では「自分自身に満足している」と答えた日本人が10%程度にとどまり、自己評価が厳しいことが示されています。
別のPISA調査では、デジタル機器の利用時間が短いという結果が出ており、特にコンピュータを使って宿題をする割合が低いことが分かりました。日本では、ゲームやチャットは行うものの、勉強や宿題にコンピュータを活用しない傾向が強いのです。これは、日本の教育における弱点となりかねません。
このような状況を踏まえると、単にデジタル機器の利用を禁止するだけでは問題解決になりません。むしろ、デジタル機器をいかに学びに転換し、主体的に活用できるかが求められています。禁止するだけでは、別のリテラシーが育たなくなる可能性もあり、慎重に考える必要があります。また、協働作業においても、日本の生徒が他の生徒と一緒にコンピュータを使って取り組む機会が少ないことも課題として浮き彫りになっています。
このあたりのデータについては、2022年の結果がなぜ高くなったのか、そのヒントが2009年のデジタル読解力調査に見られるため、ご紹介します。この調査では、従来の読解力に加え、ICTリテラシーが求められるデジタル読解力が問われました。2015年から調査がコンピュータベースで実施されるようになり、その影響を確認するために試行されたものです。その結果、いくつかの関連データが見られました。例えば、日本は紙のテストでもデジタルのテストでもほぼ同じスコアでしたが、韓国はデジタルテストでさらにスコアを伸ばしました。ニュージーランドは日本よりやや上のスコアでしたが、逆に差を広げられ、オーストラリアに至っては日本より下だったものが逆転され、差が広がる結果となりました。
これらの結果の要因として、授業でコンピュータを使用しているかどうかが影響していると考えられます。コンピュータを積極的に使っている国では、スコアが伸びる傾向があります。ただし、授業で使っているだけでは、読解力に大きな影響を与えない可能性もあります。むしろ、自宅でコンピュータを使いこなしているかどうかがスコアの違いに影響していることが質問紙調査から分かりました。自宅で日常的にメールや調査などにコンピュータを使用している生徒は、リテラシーが高く、スコアに大きな差が出ているのです。
この結果から、デジタル読解力にはICTの活用が不可欠であり、それがスコアの差を生む一因であることが分かります。また、最近実施された情報活用能力調査でも、同様の傾向が見られました。平成27年ごろの調査では、小学生が1分間にキーボードで6文字しか打てないという結果が出ており、中学生や高校生でも大きく改善していないことが明らかになりました。しかし、GIGAスクール構想により、端末が行き渡った世代が2022年のPISA調査に参加しており、そのスキルがスコアを支えたことは間違いないでしょう。詳細な分析はまだ行われていませんが、これがスコア向上の一因であると考えられます。
ただし、このスキルが追いつかれると、日本の子供たちは他国に追い抜かれる可能性があります。2022年の課題として、日本の子供たちはアウトプットが不足していることが挙げられます。繰り返しアウトプットを行い、それを改善しながら次のステップに進む能力が不足しているため、今後この点を改善する必要があります。今回のスコア上昇は本質的な改善によるものではなく、慎重に評価するべきです。しかし、一方でコロナ禍の困難な時期にもかかわらずこれだけのスコアを出せたことは、先生方の努力の成果でもあります。この成果をさらに実のあるものにするために、文部科学省としてもデータ分析を含めて後押ししていく必要があると考えています。
また、これまでの調査でも明らかになったことですが、現在の子供たちは、画面に表示された情報を過度に信頼する傾向があります。たとえば、画面上で矛盾する情報があったとしても、両方を正しいと受け取ってしまうケースがあります。特にインターネット上の情報には信頼性の低いものが多いにもかかわらず、それをニュースのように信じてしまう傾向が強いです。この点も今後の課題として取り組んでいかなければなりません。
2015年の課題がありましたが、2018年の調査でも同様の課題が浮き彫りになりました。これらの課題を克服する上で、GIGA端末が導入され、子供たちがそれを使いこなせるようになったことが大きな要因の一つだと思います。強みと弱みを合わせてご紹介しましたが、こうした課題を抱える中で、なぜGIGAスクール構想が登場したのかについてお話しします。
学習指導要領とGIGAスクール構想の関係について
GIGAスクール構想は、産業構造の変化やAIの進化による危機感を背景に生まれました。中央教育審議会でも、将来的に人間の仕事がAIに奪われる可能性が議論されています。例えば、タブレットを発明したアラン・ケイ氏がこのような未来予測に言及しています。そうした議論が進む中で、教育も変化が求められていたのです。
一方で、AIやロボットに代替されにくい職業として、教師が挙げられています。ただし、このことは必ずしも安定した職業であるということだけを意味するわけではありません。むしろ、テクノロジーに代替されにくい分、働き方改革が難しく、長時間労働が続く可能性もあるということです。特に、高校の先生が代替されにくい職業としてリストに入っていないことが議論の対象になっていますが、これにはさまざまな理由が考えられます。実際には、高校の先生も101位から103位あたりに含まれていると推測されます。
このように、GIGAスクール構想は教育の進化を促す一方で、働き方や職業の在り方にも新たな課題を提示しています。代替可能性が低いことは一見喜ばしいことのように思えますが、長時間労働の問題が続く可能性もあるため、手放しで喜ぶべき状況ではないのかもしれません。
一方で、世界の教育改革は「コンピテンシー」という概念を基に進められてきました。これは平成24年にまとめられたデータを基に議論されたもので、基礎的リテラシーの位置づけが大きく変わってきたことが分かります。特に「キーコンピテンシー」の中で、デジタルコンテンツや情報テクノロジー、ICTリテラシー、情報リテラシーが強調されています。情報リテラシーは、単なるスキルの習得にとどまらず、情報を正しく捉え、活用する能力を重視するものです。このように、情報をどう扱い、活用するかが非常に重要視され、計画が進められてきました。
「コンピテンシー」という概念はやや分かりにくいものですが、国立教育政策研究所がそれを分かりやすく説明しようとした図があります。この図では、成果を出す人がどのような行動をとり、その行動を支える知識や技能、態度が何かを分析し、それらを「コンピタンス」として表現しています。具体的には、言葉や道具を行動や成果にどう活用するかという力を指します。こうした力が成果を生むため、学習指導要領にも大きな影響を与える言葉となっています。
この中で「情報活用能力」という言葉が今回の学習指導要領に初めて明記されました。総則において、情報活用能力は問題発見・解決能力と同様に学習の基盤となる資質・能力であると位置づけられました。この言葉自体は昭和61年4月の臨時教育審議会、第2次答申で初めて登場しましたが、当時は自分とは関係ない言葉だと感じ、特に意識していませんでした。しかし、その後、令和2年から小学校でスタートした新しい学習指導要領に初めて盛り込まれ、ようやくその重要性が広く理解されるようになりました。
それまでは、私もICTの分野に長く携わってきましたが、情報活用能力は教育の中で軽視されてきました。しかし、ようやくその価値が認められ、教育においても重要視されるようになったのです。これほど教育の変化には時間がかかるものだという一例と言えるでしょう。情報活用能力は、これからの時代を生きる子供たちにとって非常に重要であり、今回の学習指導要領でようやく規定されたことは、教育における大きな前進だと考えています。
当然、これを支えるためのICT環境の整備も重要であり、それが初めて学習指導要領に規定されたことになります。例えば、小学校ではプログラミング教育が初めて盛り込まれました。中学校でも、従来からプログラミング教育や情報セキュリティに関する内容はありましたが、それがさらに充実されました。また、高校では「情報I」という新しい必履修科目が導入され、これまでプログラミングを学ぶ高校生は2割程度でしたが、今後は全員が学ぶことになります。これを支えるための道具としてGIGAスクール構想が位置づけられています。
当初は、3人に1台の端末を使い回す計画でしたが、クラウドベースでないとデータの共有がうまくいかないという問題があり、ネットワークの整備が求められました。しかし、ネットワークの脆弱性やクラウドのセキュリティ管理の課題から、1人1台の端末を導入する方が現実的だという判断がなされました。台湾の経済産業省のバックアップもあり、1人1台の端末が実現したわけです。ただし、学校内のネットワークが改善された一方で、地方や都市周辺部のネットワークはまだ脆弱で、複数の生徒が同時に使用するとネットが遅くなるといった問題が残っています。
また、プログラミング教育の導入について、小学校では「なぜプログラム教育を導入するのか」という説明手引きが作られました。例えば、子供たちに「家の中でコンピュータが内蔵されているものは何か」と尋ねても、ほとんどが答えられない状況です。パソコンやスマートフォンが挙げられることはありますが、掃除ロボットなどの他のデバイスには気づいていません。これでは、世の中がどのようにコンピュータで動いているのか理解しないまま生活していることになります。
そこで、小学校では、信号機を例にとり、プログラミングの仕組みを学びます。簡単なプログラミングで信号の制御を行い、青、黄、赤の順に光らせることで、車が安全に通行できる仕組みを理解します。ここで重要なのは、プログラミングそのものができることではなく、その仕組みを理解し、プログラミングをどのように活用できるかを考える力を養うことです。
例えば、ある小学生がプログラミングを学んだ後、交通信号の矢印表示の順番に問題を感じ、「事故を防ぐためには、信号の順番を変えるべきだ」と提案したというエピソードがあります。これは、プログラミングを学ぶことで問題解決の視点を持てた結果です。このように、コンピュータやプログラミングが単なるブラックボックスではなく、問題解決や生活を便利にするための道具であることを理解することが重要です。
このプログラミング教育は、理科や算数、総合的な学習の時間など、さまざまな教科に組み込まれており、まだ時間数が決まっていないため濃淡がありますが、スタートした意義は大きいです。
一方で、「総合的な探究の時間」における探究プロセスにも情報活用能力が大きく関わっています。様々な情報を正しく捉え、それを使って課題を設定し、情報を収集・整理・分析し、最終的にまとめて表現する。このサイクルを繰り返し太く速くしていくことが探究のプロセスにおいて重要です。このプロセスで情報活用能力が活かされることで、探究の成果が高まると言えるでしょう。情報活用能力が向上することは、探究のアウトプットが向上することと同義であり、この能力が国の教育改革の中心に据えられていることが分かります。日本も遅ればせながら、この改革をスタートさせたという背景があります。
教育のデジタル化が目指す未来の教育と学び
教育のデジタル化が目指す未来の教育や学びとは何か。GIGAスクール構想の実現に向けて、多額の予算が投じられました。全国の小・中学校に端末を配布するには相応の金額が必要となりますが、1台あたり約4万5000円という、特別高価ではないパソコンを整備するための費用が計上されました。令和5年度補正予算では、次の端末更新も課題となり、まだ十分に使いこなしていない段階で更新の話が出たため、財務省から厳しい指摘を受けました。しかし、安定した更新ができなければ、再び端末が使われなくなってしまうという懸念もあり、更新を確保するための基金が設立されました。これにより、国公私立を問わず、学校での整備が進められるようになりました。
このように、小中学校ではデジタル化が進んでいますが、高校ではまだその進展が遅れているという課題があります。特に県立高校では、1人1台の端末環境が整っていないため、中学から進学した生徒が突然不便な環境に戻ることになります。私立の中高一貫校では、1人1台が当たり前の環境が整っていますが、県立高校では補助金がなく、自己負担が求められることもあり、デジタル化が遅れています。このため、県立高校にも支援を行い、デジタル化を推進する必要があります。
このような背景から、「DXハイスクール」というプロジェクトが立ち上げられました。これは、ハイスペックPCや3Dプリンターを導入し、プレゼン資料や動画制作など、様々なアウトプット活動を支援するためのものです。このプロジェクトには、100億円の予算が投じられ、まずは1000校程度を対象にスタートさせることになりました。これにより、高校でも情報活用能力を発揮できる環境を整備し、デジタル化を推進することを目指しています。
内容はかなり難しい部分も含まれていますが、大学や外部のICT企業、情報サービス産業協会などの協力を得ることも検討されると良いと思います。企業から最先端の専門家を派遣してもらうといった取り組みも可能ですので、ぜひこうした団体と連携しながら進めていくことを考えてみてください。今後もこのような取り組みを続けていきたいと考えています。
ここで、教育のモデルについて少しお話しします。1990年にブランソン氏が提案した「学校の情報技術モデル」がありますが、これは教師が一方的に生徒に教える旧来のモデルから、教師と生徒が双方向に学び、生徒同士でも学び合う現在のモデルへと変わってきたことを示しています。このモデルは、教師が学びに必ず介在する形を前提としていましたが、今後はさらに変わる可能性があります。かつてはデータベースやネットワークの利用が難しく、実現は困難とされていましたが、現在では1人1台の端末が整備され、生徒自身が自分のペースで学ぶことが可能になりました。
このように、教師の役割が変わりつつあります。教師は知識を伝授する役割から、生徒がアウトプットを作成する際に適切なフィードバックを提供し、学びを深めるためのサポートに専念できるようになるでしょう。こうした変化により、教師も生徒もより充実した学びの時間を共有できるようになると期待されています。今後は、このモデルをどう実現するかが大きな課題となります。
「1人1台時代の創造的な学び」では、ICTコーディネーターの田中康平氏が提唱する新しい学習活動のモデルがあります。これまでの授業は理解や記憶に重点を置いていましたが、今後は応用やアウトプットに重点を置き、問題解決のための提案やプログラミングなど、実際に形にする活動が重要視されます。このような学びが実現できれば、生徒たちは新しい視点で自分の学びを深めることができ、教師も授業改善の努力が報われると感じられるでしょう。
また、具体的な事例として、立命館宇治高校で実施された「WWL(ワールドワイドラーニング)」事業があります。この事業では、台湾のオードリー・タン氏が参加し、生徒たちとともに課題解決に取り組むという活動が行われました。コロナ禍においても、非常に主体的で深い学びが実現された事例として印象的です。
さらに、関西学院高等部では「AI活用入門講座」が開講され、高校段階から大学レベルの学びを先取りする試みが行われています。この講座では、大学進学後も役立つスキルが身につき、大学の単位としても認められる内容です。こうした取り組みは、高校と大学の連携を強化し、大学を早期卒業する道を開くものとして非常に期待されています。
このように、新しい高大接続のモデルとして、先取り履修を導入し、大学院への早期進学を促進する取り組みが注目されています。もし、こうした取り組みに 関心があれば、大学との連携を進めることも検討してみてください。
これまでの内容は少し難しい部分もありましたが、ぜひ大学や外部のICT企業、情報サービス産業協会などと連携し、高校生の学びをさらに広げる取り組みを進めていただければと思います。例えば、旧制高校のように、大学進学がほぼ決まっている生徒たちが、既存の科目に飽き足らず、高校段階で大学レベルの内容を学び、将来の学びに繋げるといった形です。また、専門高校では、産業界と連携して専門的な内容を深く学び、単なる即戦力としてだけでなく、産業全体の構造を変えるような価値を創造できる生徒を育てることが期待されています。
これらの取り組みは、特定の拠点校でなくても実践可能です。特に私立学校の自由度を活かし、柔軟な教育プログラムを導入することができます。ぜひ参考にしていただき、幅広い視点で検討していただければと思います。
また、「情報活用能力」は、現行の学習指導要領の中で非常に重要な位置づけを持っています。この能力は、自分の良さや可能性を認識し、他者を尊重しながら、多様な人々と協働し、社会的変化を乗り越える力を育むために不可欠です。特に、デジタル時代においては、人権意識や情報モラルを持ちながら、適切に情報を活用することが求められます。
さらに、オンラインで世界中の人々と協働できる時代となり、これを活用して社会的課題を解決し、持続可能な社会の構築に貢献することが期待されています。こうした背景から、情報活用能力が教育の中で重要な柱となっており、学校と社会が連携して教育を進めることが求められています。
「社会に開かれた教育課程」を実現するためにも、学校だけで完結しようとせず、社会や企業、様々な団体と連携しながら、子供たちの学びを支えていただければと願っています。
最後に、私の説明が不十分な点もあったかもしれませんが、これで情報提供を終わらせていただきます。何かご質問があればお答えいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
質疑応答
進行 3D教育研究会 副会長 樋口 元先生(前京華商業高等学校 校長)
Q 片倉 敦先生(順天中学校・高等学校 )
日本におけるアドバンスト・プレイスメント(AP)や早期卒業の取り組みについて、お伺いします。アメリカではAPプログラムが全国共通で広く導入されており、どの大学でも単位として認められる仕組みが整っています。これにより、優秀な高校生が大学レベルの科目を履修し、高校卒業時に既に多くの大学単位を取得できるようになり、早期卒業や大学院進学が可能です。
一方、日本ではこのような共通のAP制度は整っておらず、各大学ごとに連携が行われているのが現状です。関西学院大学や杏林大学が実施しているように、特定の大学と連携した早期履修プログラムはあるものの、全体としての共通化が進んでいないため、広く普及するまでには至っていません。
また、国家試験に関しても年齢制限が存在し、早期卒業が難しい分野があることも課題です。例えば、薬学部を5年で卒業させるためには、国家試験を5年目に受けられるようにしなければならず、それが現行の制度では難しい。医学部でも同様に年齢制限が問題となっています。
この点について、文部科学省では何か対策や考えがあるのでしょうか?
A 安彦 広斉先生
おっしゃる通り、大学が集まって共同で科目を開設し、それを各大学の単位として認定するという形は、アメリカのAPプログラムに似た形で日本でも可能性があります。制度上は、大学間での連携や役割分担をうまく調整すれば、実現可能な仕組みだと思います。課題は、どの大学がどのように参加し、その大学ごとの思惑やニーズをどうやって調整していくかという点にあります。
特に、参加大学がどのように入試や入学者選抜にこのプログラムを絡めるのか、また、科目を受講する生徒の進捗をどう評価し、適切に選抜につなげるかという点が重要です。この点をクリアするために、例えば教員養成学部や理学部が積極的に参加し、早い段階から優秀な学生を確保しようとする動きが出れば、さらに推進力が増すでしょう。
そのためには、大学のコンソーシアムを形成し、各学部や大学が参加しやすい環境を整えることが重要です。また、高校側もこのようなプログラムに参加できる体制を作り、大学と高校が一体となって進めていくことで、学びの進化を図ることができるでしょう。こうした取り組みが実現すれば、国家試験や年齢制限の問題も、段階的に解決される可能性があります。
コンソーシアムの形成や高校との連携は、まさに日本の教育システムをより柔軟かつ先進的なものにする鍵となる取り組みだと思います。今後の進展が楽しみですし、これが実際に成功すれば、日本の教育に新たな可能性が広がるでしょう。
Q 片倉 敦先生(順天中学校・高等学校 )
文部科学省が率先してアドバンスト・プレイスメントのようなプログラムを進めるために、大学のコンソーシアムを支援するような具体的な政策は無いでしょうか?
A 安彦 広斉先生
その取り組みは非常に意義深いものだと思います。WWL事業の中で大学のコンソーシアムを活用し、先取り履修プログラムを広島だけでなく、他のエリアにも拡大しようとする考えは、多くの生徒に新たな学びの機会を提供する可能性があります。課題を丁寧に洗い出し、解決策を見つけながら着実に進めていく姿勢は、このプロジェクトの成功にとって非常に重要です。
さらに、WWL事業の中でこうした取り組みが広がれば、文部科学省からのさらなる支援や注目を集めるきっかけにもなるかもしれません。コンソーシアムが広がり、実績が積み重なれば、全国的なモデルとしての展開が期待でき、より多くの大学や高校が参加することで、日本の教育システムに大きな変革をもたらす可能性があります。
今後も、このプロジェクトが成功し、他のエリアにも広がっていくことを心から応援しています。また、必要に応じてさらに後押しできる方法が見つかれば、それがWWL事業の中で進められると良いですね。
樋口 元先生(前京華商業高等学校)
おっしゃる通り、高等学校と大学が連携して放課後に特別講義を行い、その履修を大学の単位として認める取り組みは非常に有意義です。しかし、受験勉強が優先されがちな現状では、なかなか生徒が積極的に参加しにくいという課題もあります。特に、高校生にとっては目の前の受験が最優先となるため、こうした先取り学習のメリットが十分に伝わっていないのかもしれません。
この点で、文部科学省や国の支援を受けて大学同士の横の繋がりを強化し、こうした取り組みを全国的に広げることができれば、より多くの高校生が参加する機会が増えるかもしれません。広がりが出ることで、参加のメリットが明確になり、受験勉強と並行して学びたいという生徒が増えてくることも期待できます。
今後、このような取り組みがさらに発展し、受験勉強との両立が図れるようなサポートやシステムが整えば、より多くの生徒が先取り学習に参加し、大学での学びを充実させることができるでしょう。
安彦 広斉先生
確かに、高校教育において1学期制が主流である現状は、大学との連携を進める上での大きな課題となっていると思います。大学が4学期制を採用することで学びの柔軟性を高めている一方で、高校が1学期制に留まっていると、どうしても学びの過程が硬直的になり、大学との連携を進める上で障壁となります。
ご指摘の通り、2学期制(セメスター制)や夏学期の導入が進めば、高校生がより柔軟に大学の授業を履修しやすくなるでしょう。また、選択科目が増えれば、生徒が自分の興味や進路に応じた学びを深めやすくなり、先取り履修や大学との連携も円滑に進むことが期待されます。
このようなシステムの導入は、受験対策だけに縛られない新しい学びのスタイルを生み出し、高校教育全体の質向上にも繋がる可能性があります。今後、こうした柔軟なカリキュラムが広がり、大学との連携が一層進展することを期待しています。
Q 石井 公一先生(立正大学付属立正中学校・高等学校)
教育の現場で、生徒にどのように情報を提供するか、そしてそれを支える教員自身の学びが非常に重要だという視点は、まさに現代の教育が直面する課題の一つです。特に、大学が求める人材像や、社会や企業が求める人材像との結びつきが不透明であることが、多くの教育者や生徒にとって大きな課題になっています。
大学入試や偏差値といった従来の価値基準が依然として強調される中で、教育全体がどのように変革し、大学や社会のニーズに対応していくのかが問われていますが、それを理解し教育現場でどのように伝え、実践していくかは非常に複雑な問題です。
このような課題に対処するためには、教育現場と大学、さらには企業との間で、より一貫性のあるコミュニケーションと目標設定が必要だと感じます。教育の各段階で目指すべき方向性を共有し、それに基づいた教育方針やカリキュラムを構築していくことが、より効果的な教育システムの実現につながると思いますが、その点についてはいかがお考えでしょうか。
A 安彦 広斉先生
実は、そこが大きな課題だと感じています。入試がある以上、入試に対応することは子どもたちのためにも必要ですが、それだけに注力してしまうと、入試のための学び方を望まない生徒まで巻き込んでしまうことになります。そのバランスをどう取るかが、非常に大きな悩みです。
そうした中で、最近アメリカのジョージア州で取り組まれている生成AIを活用した学習方法が興味深いです。生成AIを使って、生徒が自分に合った学び方を見つけられるようにしようとしており、そのAIが生徒一人ひとりに合わせた学習サポートを提供できるよう、教師が対話のデータを提供し、AIをトレーニングする仕組みを構築しています。これによって、例えば共通テストや国立大学の二次試験を突破したい生徒、または専門分野で特定の私立大学に進学したい生徒、それぞれに最適化された学びを提供することが可能になるのではないかと感じています。
ただ、最終的には教師がコーチングを通じて生徒一人ひとりの学びをサポートすることが重要です。これにより、授業は従来のような一斉形式ではなく、個別最適化された学びを支えるものへと変わっていくでしょう。
また、高校生と一口に言っても、その進路や目的は多様です。そうした多様なニーズに対応するためには、教科書だけに頼るのではなく、教科書以外のリソースを活用して学びを深めることがますます重要になると考えています。実際に、ICTを使いこなしている生徒たちの授業では、教科書をほとんど開かずに学んでいる姿が見られます。
ただ、それでも教科書は大切です。教科書は、学び直しや基礎を確認するための優れたリソースであり、学びの軸として重要な役割を果たします。
これからは、教師が生徒の目標や進路に合わせて、正しい方向に導きながら個別最適な学びを進めていくことが求められます。教科書やICT、共通の学習基盤を活用しながら、生徒一人ひとりの学びを支えていくことが、これからの教育において非常に重要だと感じています。
Q 宮島 徹雄先生(情報経営イノベーション専門職大学)
少しだけお伺いしたいのですが、大学の観点から見て、高校の先生方が情報系の科目を担当するのは非常に大変で、スキルアップがなかなか進まないという現状があります。文部科学省として、高校の先生方の情報系スキルの向上について、どのようにお考えか、お聞かせいただければと思います。特に、高大連携などについても、非常に多くの要望が寄せられていますので、その点も含めてご意見を伺えればと思います。
A 安彦 広斉先生
昔から、中学校の技術科で情報領域をもう少し充実させたいと考えていました。また、今進めているDXハイスクールでも、情報教育を強化しようとしています。近々「情報Ⅱ」のイメージビデオというものを作成し、これは「こう教えれば良いんだ」という具体例を示すもので、先生方が抵抗なく取り組めるような内容になっています。これを見て「これならやってみようかな」と思っていただけるような、良いものができたと自負しています。今後は、このビデオを活用しつつ先生方の学びをどう支えていくかをしっかりと考え、取り組みを進めていきたいと考えています。